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ケニスヘッダー
インタビューシリーズ 第7回

教師は生徒に自ら体験した
感動を語りたい
プロフィール
福岡 敏行(ふくおか としゆき)先生
・1940年 神戸市に生まれる
・1965年 広島大学理学部 卒業
・1965年 広島県立三次高等学校・広島市立舟入高等学校教諭
・1976年 広島県理科教育センター研究員
・1982年 横浜国立大学教育学部講師〜助教授〜教授を経て
  帝京平成大学教授

理科教育の各分野で活躍される先生方を訪ね、全国の志を同じくする仲間たち、とくに21世紀を担う若い世代へ熱いエールを贈っていただくインタビュー・シリーズ。今回は日本理科教育学会の会長(平成7年〜12年)、横浜国立大学教育人間科学部附属横浜中学校長(平成10年〜14年)などを歴任後、現在は社団法人日本理科教育振興協会の「その道の達人派遣事業」において、概念地図法(コンセプトマップ法)を使った「学習のしかたの達人」として、全国を飛び回り、子供たちに学ぶことの楽しさを伝え続けておられる福岡先生にいろいろとお話を伺った。

「空を見りゃ、人工衛星が飛んどる時代じゃ」というてね

―――まずは、福岡先生の少年期の思い出をお聞かせ願えないでしょうか。
福岡先生:  幼少年期を私は広島県三原市で過ごしました。私は標準語が駄目なんで(笑)。しゃべっているうちに広島弁がところどころ出てしまいますが・・・。私は昭和15年生まれ、父が三菱に勤めていた関係で、三菱の社宅に住んでいました。幼い頃の記憶として、防空壕に入った覚えがうっすらと残っています。私の場合は、やっぱり小学校、中学校時代の体験が理科に目覚めるきっかけだったなぁと思いますね。戦後は物資がありませんでしたから、小遣い稼ぎにごみを焼いているところへ行って、銅線やアルミとか鉄を拾い集めてきてお金にかえるなんてことをやっておりました。こすってみて赤色だとこれは銅じゃとか、曲げてみたりしてこれはアルミじゃとか、重さなんかを比べたりして、知らず知らずに金属の特性を体で覚えてね。また、山へ行って隠れ家を作ったり、山野を駆けめぐったりして遊ぶ中で、自然に接し、食べられる木の実はこれ、食べられないのはあれというふうに知識が身についていった。秋になったら松葉をかき集めに行き、松葉はごはんを炊くときに一番初めに火をつけると燃えやすいとか。それからかまどでご飯を炊く時代ですから、灰をあつめて灰汁を作ってから、上澄み液を朝顔の汁に入れたら青くなったとか、梅の汁に入れたら赤くなったというふうに遊んでおりました。そんな遊びの積み重ねが、今にして思えばその後の人生につながってきた気がしていますね。「アルカリ」の語源が「灰汁」であるということは、ずっと後になってから知りましたけど(笑)。
―――学校の勉強はできる少年だったのでしょうか?
福岡先生:  いやいや(笑)、私は勉強が好きでなかったもので、中学校を出てすぐに三菱重工業三原製作所に入り、製図工として3年間働きました。そこでは設計の仕事をやりましたが、はじめの3ヶ月は毎日0、1、2、3・・・と数字を書く練習ばかりさせられました。図面を描くのに他人が見たときに読み違えるような数字を書いてはならないという理由からです。3年間で平面図を見るだけで、これがどういう立体的なものになるのかという図面を読み取る力がついていたようです。会社にはいまでも感謝しております。しかし、高校卒業生や大学卒業生の下で働いていると、中学卒業生としては色々と反発を感じまして(笑)、入社後の2年目から定時制高校に通い始めました。当然、会社は「昼寝られて、夜勉強されたら困る」といって余り好まれませんでした。受験勉強なんかは休み時間に工場の影にかくれてやりましたが、そんな経験は、今では懐かしい思い出になっています。定時制に通っていた1957年に、ソ連が人工衛星の打ち上げに成功したのです。ちょうど定時制高校に行くのに、友達を自転車の後ろに乗せて走っていて、「こんなところにいたんでは何にもできん。空を見りゃ人工衛星が飛んどる時代じゃ。ボサっとしとったらおくれる」なんて言って意気揚揚と定時制に通っておりました。学校を辞めたい気持とか、授業が眠たいとかいうことは全くありませんでしたね。
―――教員をめざそうと思われたきっかけは?
福岡先生:  広島大学では理学部の物理学科でしたが、3年生のとき、「体が弱いので遊んでやってくれ」と頼まれて家庭教師をやりました。勉強よりいっしょに遊んだことが記憶に残っております。蝉取りをしたり、餅つきをやったりしたのがきっかけで、子どもとの関わりに興味を持ち始めたのです。それからは急いで教員免許をとるための科目をとりはじめました。その頃は、教員になり手の少なかった時代だったので、広島県が奨学金を出すから来てほしいと言われて、面接のみで教員になりました。私は理学部出身で高校教員の免許しかとれなかったので、最初は、三次(みよし)市に
ある広島県立三次高校の教員になり、その後、広島市立舟入高校へ移りました。そのとき、科学共栄社(現ケニス株式会社)の営業の方が、その学校に出入りしていて、それがケニスさんとの出会いになったのです。高校の教員を11年して、それから県の理科教育センターに移ったのです。教育センターでは行政職なんですね。そこをでた先輩の先生方は、教頭や校長、指導主事や大学の教員になっておられました。「自分は担任としてもう生徒と二度と会えないのだろうか」と思うと少し寂しい気持ちになりました。「これではいけない。生徒といっしょにいるのが教育に携わる者ではないか。校長なんて嫌だ。」とつぶやくことがありました。どうも私は役所というところが好きでなかったでのですね。起案をつくり、たくさんの印鑑もらいにいく、そうした形式とか手続きが覚えられず(笑)。そんな時、横浜国立大学からの公募要項をセンター長から見せられて薦められ、よしやってみようということで運よく横浜国立大学の講師になりました。
―――でも、たしか横浜国大では、附属中学校の校長先生でしたよね(笑)
福岡先生:  それが人生の不思議なところで(笑)。校長が嫌いで大学に行ったのに、結局は校長を4年間やらせていただきました。幸運だったのは、附属横浜中学校では、副校長先生が大変頑張って下さり、校長といっても私は結構生徒たちと楽しく過ごすことができました。今思い返せば、高校の教員から理科教育センターに入ったときに、もう二度と自分は生徒たちの担任にはなれないのだなという思いがあったので、私は全校生徒の担任なんだという気持ちで校長として勤めさせてもらいました。そんな私の姿を見て、附属中の先生方が「出身地の中学校へ戻れば、福岡校長のように全校生徒の担任になります。」と言ってくれたことが、嬉しく心に残っております。でもね、やっぱり教師というのは教室にいて、生徒と苦楽を共にして付き合うというのが本物の姿だと、私は今でも思っています。

「教師は生徒に自ら体験した感動を語りたい」

―――横浜国大では、教師を目指す大学生にどんな話を?
福岡先生:  私は、「自分の人生の中でものすごく感動したり心に残ったりしている経験を大切にしよう」ということを学生に強調して話しております。最近の大学生は、感動した経験が少ないと言うんですね。テレビから昔の漫画の主題歌が流れてくると「ああ懐かしい」なんて言うけれど、テレビの世界でなくて、自分が実際に体験したことによる感動は少ないのですね。あまり物がなくて一生懸命とか、やりたいことができなくて苦労してなんていうのが少ないのですね。物がなんでも豊富にあるということが、感動を薄めてしまっているのでしょうか。
―――いま先生はその道の達人派遣事業の「学習のしかたの達人」として、日本全国の学校、それもかなり少人数の学校なども、実に精力的に飛び回っておられますが。
福岡先生:  私はどこへでも行きますよ(笑)。新幹線に乗って、バスに乗って、そこからまたタクシーに乗ってというような所へも行きました。全校生徒が数人というところもありましたすが、面白いんですよ。子どもとのコミュニケーションする時間が実に濃密です。一度、ある学校で600人以上の生徒の前で演示実験を交えての講演では、私自身は不満足でした。あれは駄目でしたね(笑)。生徒との対話がほとんどできませんでした。

※ その道の達人派遣事業HP:http://www.japse.or.jp/tatsujin/
―――福岡先生の「コンセプトマップ法」とは、どのようなものなのでしょうか?
福岡先生:  心理学の理論がべースにはあるのですが、要は頭の中でどんなふうに考えているのかを、目で見てわかるようにする表現方法のことです。知識というのは頭の中で構造化されているという考え方に基づいております。たとえば、白鳥という言葉と鳥という言葉がありますが、白鳥というのは鳥というものの中のひとつなんだと、具体的な概念と抽象的な概念はちゃんと区別されて頭の中に入っているわけです。これをわかりやすく見せるために、より抽象的な言葉
を上に、より具体的な言葉を下に配置して書いていく。これらは関係がありますよと二つの言葉を線で結ぶことによって表現する図法の一つなんです。実際に「その道の達人派遣事業」の中でも、この手法を使いながら、さらに観察・実験を組み合わせてやっています。たとえば、ペットボトルを使った浮沈子(ふちんし)という定番実験がありますね。私はケニスさんのやっておられる見せ方が面白いので真似させてもらっておりますが(笑)いきなり理論はこうだと教えるのではなく、観察する中から「おす」「はなす」「浮く」「沈む」などという子どもたちの考えを黒板に書いていくのです。そして、いまここを考えているのだと示したり、何が足りないのかとか、どうしたらいいのかということを子どもたちと対話しながら、出前授業をすすめているのです。

※ 「ペットボトルを使った浮沈子実験」:http://www.kenis.co.jp/experiment/index_res.html
―――コンセプトマップ法の効果とは?
福岡先生:  コンセプトマップ法の主要な機能として3つありますが、1つはマップを作っていること自体が頭の中を整理するのに役立ちますし、概念を新たに生み出すこともできます。つまり「学習ツール」という機能があります。2つめに子ども自身が何と何がつながり何がわかったかとか、何がわからないのかいうふうに自己評価することに使えます。また、教師は「あっ、子どもにはこういうキーワードが使えたり、使えなかったりするな」ということなど、他人からの評価に使える。つまり「評価ツール」としての機能があります。3つめに、どういう授業をやろうかと考え、授業計画を立てる時に、キーワードを並べてコンセプトマップをつくりながら授業の組立てを考える。つまり、「教授ツール」としても使えるわけです。コンセプトマップ法というのはアメリカのノヴァックらによって開発された方法ですが、もちろんこのような方法に類する図法は、他にも様々なものがあります。私はどのような場面においてもコンセプトマップ法が一番良いのだとか、これしかないのだとかいうスタンスはとりません。子どもによる表現方法は一様ではなく、実にさまざまな要素を持っているわけです。学び方、教え方もたった1つの方法だけが有効であるわけがないからです。むしろ一人一人がどのような表現方法で自分の考えを表すのかを知ることの方がより大切でしょう。
―――最後に、若い先生方やこれから教員を目指す若い世代に向けて一言お願いします。
福岡先生:  人と人とのつながりを大切にして、子どもとの対話や同僚の教員から教わる時間をできるだけ多くもつようにするということですね。そういう時間を持たないと、けっして自分だけの力では深まりません。それから、自分の考えやアイデアを積極的に外へ向かって発信することも必要だと思います。私も広島での教員時代にいろいろな研究会に参加し、そのときに発表したアイデアを、ケニスさんに教材化してくださいと頼んで作ってもらったこともあります。結果としては売れない製品だったらしいですけれども(笑)。教員が集まって理科サークルを作っておられるところもありますが、いきなり大きなサークルに入るのが難しいのなら、身近な仲間たちと数人で勉強会をはじめて、やがてそういう小さなグループが交流しながら深めて行き、大きな流れを形作っていけばいいなぁと思いますね。
―――子供に深い愛情を持って教育に情熱をそそいでおられる先生の話に感銘をうけました。どうもありがとうございました。


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