トップページへ戻る
ケニスヘッダー
インタビューシリーズ 第5回

「科学実験」を体感できる
科学館を目指したい
プロフィール
永井 士郎(ながい しろう)氏
・1942年 生まれる
・1965年 大阪大学理学部化学科 卒業
・1965年 日本放射線高分子研究協会大阪研究所
・1967年 日本原子力研究所大阪研究所
・2002年 きっづ光科学館ふぉとん館長に就任
・2006年 3月31日をもって退任

理科教育の各分野で活躍される先生方を訪ね、全国の志を同じくする仲間たち、とくに21世紀を担う若い世代へ熱いエールを贈っていただくインタビュー・シリーズ。今回は、長年の研究者生活の後、日本で唯一の光に特化した科学館である「きっづ光科学館ふぉとん」の永井前館長にいろいろお話を伺った。永井前館長は企画・構想段階から深く関わり、開館と 同時に初代館長として先頭に立ち、子供たちに科学の楽しさを伝え、新しい実験イベントやオリジナル性の高い工作を次々と開発してこられました。

(インタビュー場所 : きっづ光科学館ふぉとん 2006年3月4日 )

「囲碁がね、好きなんですよ。人生のようでね(笑)」

―――まずは永井館長が理科系へ進まれた経緯を知りたいのですが、少年期の思い出をお聞かせ願えないでしょうか。
永井館長:  私は田舎育ちで、自然の中で育ったことが理科を好きになっ た一番の要因だと思います。兵庫県北部にある出石(いずし)という町で少年時代を過ごしました。幼い頃、父が商売の合間に山林を開墾して畑にする仕事をしておりまして、野こえ山こえ山林へ入ってゆき、三人の兄が父を手伝って木を切ったりしているのにくっついて行きまして、私は小さかったので遊んだりお手伝いしたりしていました。山菜を採ったり、柳の皮を剥いて行李にしたりね。野山を走り回り、出石川という円山川の支流で魚釣りをしたり羊を追いかけたりして、自然とたっぷりつきあった少年時代でした。それから、私が物理や化学を好きになったのは、小説の影響だろうと思っています。うちの近所に古本屋がありまして、中学生から高校生にかけて毎日のように通いまして、その店の本をほとんど全部読んでしまいました。ロマンチストでしたから、大人っぽい井上靖の小説なんかが好きでしたね(笑)それから探偵小説をよく読みました。いまにして思えば、分析したり類推したり謎解きをしたりというところに惹かれて、これは研究職と共通していますよね。田舎だったので受験勉強なんていうものもなく、成績上げろなんて話もなかったし、のんびりした雰囲気の中で、のびのびと高校までを出石で過ごしました。
―――大学では、どんな学生生活を?
永井館長:  大阪大学へ入ってはじめの二年ほどは真面目に勉強しました。田舎者ですから、遊びに誘われても断っていました。ところが、二年の終り頃になるとだんだん都会に慣れてきまして、遊び好きの地があらわれてきて(笑)、碁が好きになって囲碁部に入りました。けっこういいところまでいったんですよ。大学へ通いながら、勉強の合間にプロの家へ教えてもらいに通ったりしましてね。いまでも六段くらいは打てるんですよ(笑)私は将棋もやりますが、囲碁のほうが好きなんですよ。人生のようでね(笑)将棋は悪くなるとどんどん状況が悪くなって負けてしまう。それまで頑張って積み上げたものが全部無駄になってしまうようなところがある。ところが碁は少々間違えても挽回がきくんです。局面が広いですから。ひとつの隅で失敗しても、他の三隅で頑張ればなんとかなる。いいこともあるし悪いこともある。成功もあれば失敗もある。少々失敗をしてもね、取り戻せるというところが人生のようでね、いいんじゃないかなと思うんです。
―――研究職をめざそうと思われたきっかけは?
永井館長:  大学院も職業も迷うことはなく、大学の恩師から「ここへ行け」と言われて連れて行かれましてね、素直な性格なものですから(笑) 1965年に卒業してから、ずっと研究室暮らしで、実験をして論文を書くという人生を歩いてきました。恩師の先生の教えで、「大きなことばかり狙うな。小さくてもキラリと光る仕事をしなさい」というのと「常に二つ以上の研究テーマを持ってやりなさい」というのが私の仕事のモットーでしたね。研究というのは上手くいかないことがよくあります。十のテーマのうち八つくらいは上手くいかない。そんなとき二つ以上のテーマを平行してやっていると、
片方が駄目なとき片方がうまくいったりして、気分転換にもなるし救いにもなる。この教えは正しかったなぁと思っています。原子力研究所(原研、現在原子力研究開発機構)というのは大きな組織で、プロジェクトに組み込まれてしまうことが多いんですが、私の場合は割に少人数でやりたいテーマを自分達で決めてやってくることができました。幸運だったと思っています。振り返ってみると、原研本部に行って直接研究に携わらない時期も少しありましたが、研究者として約30年間好きなことを研究してきましたので、自分では満足しています。偉くはなりませんでしたが(笑)

「どんな実験をやるか、一生懸命考えました」

―――原研で、ほぼ研究職一筋にやってこられたかたが、いきなり科学館の館長というのは大変だったのでは?
永井館長:  ちょうど定年退職一年前に、この科学館ができることになりまして ね、ちょうどその構想段階からワーキンググループの一員だったこともあって、 タイミングが良かったということだと思います。原研の関西研究所には、 西播磨と木津の二箇所に研究センターがあります。西播磨のSPring−8(注)で放射光をやっている。木津でレーザーをやっている。両方とも光ですから、科学館のテーマが光になったのです。光に特化した科学館というのは、世界でもここだけです。ただ大きな科学館だと、例えばロンドンのサイエンスミュージアムのようなところだと、光のコーナーだけでもここより大きいところはあります。日本では、光でこれだけの展示物を持っているところは他にありませんね。館長を引き受けることになって一番考えたのは、科学館としてどんな実験をやるかということです。本当に一生懸命考えました。
(注)SPring-8 SPring-8("Super Photon Ring - 8 GeV"の略)は、兵庫県西部に位置する西播磨科学公園都市に建設され、平成9年に運転を開始した世界最大・最高水準の放射光実験施設です。
―――実際に科学館をやってみていかがでしたか?
永井館長:  私どもの科学館の予算は原研から出ているわけですが、何も原研のPRだけをするのが仕事ではありません。もちろんそんなことは原研から言われたことはありませんが、お金の出所に対して遠慮してしまうことは世の中にはよくありますね。しかし科学館には科学館のやるべき仕事があります。私たちの一番の使命は、小中学生を中心にして「科学を体験させる場である」ということです。そのためには本物の科学を体験できる展示物があるだけでなく、子供たち1人1人が自ら装置や器具を使って実験できる実験教室をやらなければならない。ここのところは、しっかりしていないといけない。「そんなに高いものを買わなくてもいいんじゃないか」とかね、よく言われましたが、本物を見せるためには良い実験装置が必要だということがあります。ガラスの実験をやるのに電気炉が必要だと言うと、「ガラスなんてそこらへんで買ってくればいいじゃないか」と言われる。でも子供にはガラスとはどういう材料を使って、またどういう方法で作るものなのかというところを体験させたい。だから電気炉がいるんだと言っても、数十万円もするものですからなかなか買ってはもらえない。そういう議論を随分やりました。また個人的なつきあいのあるかたから善意で貸して頂いた展示物についても、「何故ちゃんとした手続きを踏まないのか、そういうのは認めない」と言われる。私は良い科学館のあり方とは、お役所的な手続き本位のやり方とは違うと思うんですよ。そういうもんじゃないと思う。立場とか権威とか手続きとかそんなものに関係なく、物事や自然とフランクにつきあえる、誰とでも気楽につきあえるのが科学の基本だと思うし、そういう科学館でありたいと思ってやってきました。

「やさしいことは、むずかしいんです」

―――この春で館長を退任されるわけですが、いまの率直な想いは?
永井館長:  私自身が随分楽しんで実験や工作をやらせてもらってきました。研究の現場から、いきなり子供相手の仕事になったわけですが、簡単そうに見える工作をひとつとっても、実際に自分がやってみるとわからないことがいっぱいあるんですよ。知識として頭の中にあって自分はわかっているつもりでいても、物を手にしてやってみると「何故こうなるのかなぁ」ということが随分たくさんありますよ。そしてそれを子供たちにどのように伝えるのか。本当はね、やさしいことは、むずかしいんです。多くの研究者にもこれは言えることと思いますが、基礎知識が中途半端のままでついつい誰もが先端科学を追いかけるけれど、小・中学生の頃から基本的な実験をしっかりとやることが非常に大切なことなんですよ。
―――理想とされる科学館の姿とは?
永井館長:  私は科学館に来てくれる子供を、全部理科好きにしようとは思っていません。いろいろな子供がいて、いろいろな才能があり、いろいろな人生があるわけです。その中で特に強く科学に興味を持った子供に対して一歩踏み込んだ体験をする場を提供するのが科学館の大きな役割だと思っています。あくまでも理科の基礎的な学習は学校で行わ
れるものです。そういう意味で、学校の先生方には頑張って頂きたいですね。 特に、中学と高校で実験をどんどんやるべきです。それから科学館としては、子供たちに科学の楽しさを伝えると同時に、いっしょに科学館に来られたお母さんに科学の楽しさを伝えることが重要ですね。やはり子供は母親の影響を一番大きく受けますから。科学する心は、自分の目の前にあるものをよく観察し、疑問を持ち、自分で考えることから生まれます。光の不思議が体験でき、光の科学と技術について学べる「きっづ光科学館ふぉとん」へ、ぜひ多くの方にお越しいただきたいと思っています。
―――研究畑から科学館の館長に転じられ、子供たちに「科学実験を体感させる」ことを追求されてきた、貴重なご経験談を聞くことができました。 どうもありがとうございました。


non object




PAGE TOP